最近のビジネスの世界は、コンサルティング業界から入ってきたさまざまな用語であふれている。その中には、すでに一般的な分析ツールとして定着しているものも多い。4P、PEST、PPM、VRIOなどという暗号めいた分析の名前を、意識高めの同僚や上司の口から聞いたことのある人も多いのではないか。
私もサラリーマンとして働く中でこうした用語を耳にする度、密かにGoogleで検索しては、「横文字マウンティング」(やや被害妄想気味だが)に屈しまいと努力してきた。しかし先日、中小企業診断士という経営コンサルティングの資格を受験し、横文字で書かれた数々の「呪文」の意味を体系的に理解することができた。またその過程で、特に大事な呪文が「SWOT」なるものであることも学んだ。
SWOT分析は、コンサル業界で使われるツールの中で、おそらく一般社会に最も広く深く浸透しているものだ。SWOTという言葉を知らなくても、「強み」「弱み」という言葉はビジネスの現場でよく聞くだろう。就職活動の面接で「あなたの強み(弱み)は何ですか?」という質問が出されることもよくある。この「強み」「弱み」という概念を初めてきちんと扱ったのが、SWOT分析である。
私の受けた中小企業診断士試験では、合格後に実際に企業で診断を行う「実務補習」という演習があり、実務補習を3回修了しなければ中小企業診断士として登録できないことになっている。この演習でも、SWOT分析が必ず使われる。というより、この分析で得られた結論を元に戦略を立案する流れになっているから、SWOT分析の使い方を覚える演習と言っても過言ではない。
このように一般社会でもコンサルティングでもよく使われる分析手法であるSWOTだが、SWOTだけをテーマにした本は実は少ない。実務補習を終えた後、これほど大事な分析ならもっと詳しく学ばなければと思い、SWOTについて書かれた本をAmazonで探したのだが、ある程度まとまった分量があり、一般向けにコンセプトを概説したものは1冊しか見つからなかった。今回は、SWOT分析に関するほとんど唯一の入門書『これだけ!SWOT分析』(伊藤達夫著、スバル舎リンケージ)を紹介したい。
著者は、Thought & Insightというコンサルティング会社を経営する伊藤達夫氏という人だ。プロフィールによると、首都大学東京で准教授を務めているほか、ブログを運営しているらしい。Amazonで検索したところ、本書以外の著書は見当たらない。この本が唯一の著作であるようだ。
文章は全体に軽い感じの口調で、ところどころ皮肉を利かせているのが特徴だ。人によってはニヒルな感じが鼻につくと思うかもしれないが、全体的にかなりかみ砕いてわかりやすく書かれている。
本は全部で4章から構成されている。順に内容を簡単に紹介していこう。
第1章「なぜSWOT分析ができないのか?」では、SWOT分析についての基礎知識、関連する経営戦略の知識、有効性などが説明されている。SWOT分析を行うモチベーションを高めるための章と言っていいだろう。前半では、次のような基本的な知識を得ることができる。
– 経営戦略とはそもそも何か
– 強み、弱み、機会、脅威というSWOT分析の各要素の意味
– SWOTモデルの誕生の経緯
– 経営資源、ケイパビリティ、市場機会といった関連する用語の意味
後半は、SWOT分析を実践する上での下準備や、ハードルを下げる考え方とでもいうべきものを扱っている。ここでは、次のようなことが解説されている。
– SWOT分析の前に決めておくべきこと(競合、顧客、分析者の立場、分析のゴール)
– SWOT分析を始めるのが楽になる考え方(弱みを補わなくてもいい、デフレは関係ない、仮説を始めから持っていなくてもいい)
また、競争戦略の有名な概念である「5つの競争要因」にも簡単に触れている。
第2章「意味あるSWOT分析をするために」は、SWOT分析をする上での注意点を扱っている。具体的には、次のことが書かれている。
– SWOT分析で抜け落ちる要素(=撤退)
– 成功の鍵(=お客さんが価値を感じる要素)を把握することの重要性
– SWOT分析の不思議さ(厳密な分析がなくてもある程度正しい施策を出せる)
– 自分が納得できる施策を実施することの大切さ
– 強みと弱みの扱い方(強みを特定することの難しさ、弱みを規定することの無意味さ)
– 機会と脅威の考え方(「顧客が何を求めているのか」が出発点、自社にとっての「外部環境」の範囲、「変化」に着目する)
また、上記のことを論じる過程で、マーケティングの4P、PPM、機能的価値と情緒的価値、CRM、VRIO、レント、プロフィット・プールといった経営学のフレームワークやコンセプトにも簡単に触れている。
第3章「SWOT分析の結果を活かすには」には、SWOT分析を行った後のアクションの段階における注意事項が書かれている。具体的には、次のことが書かれている。
– アイデアが出てくるSWOT分析のやり方(要素同士のかけ合わせは不要、まずは一人で書かせる、普通のアイデアで良い)
– アイデアを実行に移すコツ(週報によるキャパシティの把握、やり方を詳しく説明する、既存の取り組みを確認しておく)
– 抵抗勢力への対処法(ナンバー2に手柄を持たせる)
– 評価段階での注意(短期での評価はほどほどに)
– 繰り返すことの大切さ
第4章「SWOT分析TIPS集」は、ここまでの3章に書かれた内容が短くまとめられている。
まとめると、SWOT分析の基礎知識、手順、分析の実施段階と分析結果の応用段階でのコツを学ぶことができる本である。また、SWOT分析の手軽さもよく伝えており、この本を読むとSWOT分析を行う上での心理的なハードルもぐっと下がるだろう。さらに、SWOT分析以外のさまざまな経営学の概念を学べるのも本書の魅力の一つとなっている。SWOT分析というものの存在自体はおぼろげながら知っていて、さらに知識を深めたいという人にはぜひおすすめしたい本だ。
コメント