経営組織については様々な本が出版されている。最近は自律分散というのが大きなトレンドで、ティールやホロクラシーなどという新しい概念が登場し、書店の棚をにぎわせている。自分で考えて行動する組織が素晴らしいことはわかるのだが、現場で組織作りに携わることになった人が知りたいのは、組織の構造にはどんな種類のものがあるのか、どんな構造が自分の置かれた状況に合うのか、どう仕事を切り分けて誰に割り振ればいいのか、と言った基本的なことではないか。今回は、最新の概念よりもまずは組織作りの基本を学びたいという人におすすめの本を紹介したい。『組織デザイン』(沼上幹著、日経新聞社)である。
著者は一橋大学の名誉教授の沼上幹(ぬまがみつよし)氏だ。経営組織論・経営戦略論・経営学方法論を専攻としている。経営戦略や組織戦略を中心に、多数の著書がある。Amazonで調べてみると、学者の先生らしくハードカバーの本格的な本が多い印象だ。この本も、税抜き950円の文庫本でありながら、本格的な理論書となっている。
本書の特徴の一つは、原理原則の解説に徹していることだ。その理由については、まえがきに次のように書かれている。
自社には自社の組織デザインをカスタマイズしていくしかない。しかしゼロベースから特注品を作り上げられるほど組織デザインは単純ではない。だから、事業部制や機能別組織等の基本型を学び、組織デザインの基本論理に習熟し、そのうえで既存の組織や優良な他社組織等の材料をうまく摂取しながら、独特のデザインを作り上げていかなければならない。
こういった煩雑で現実主義的な作業を行うには、基本原則の深い理解が是非とも必要である。その理解がなければ、非常に複雑な企業組織の中で自分自身が何をやっているのか分からない「迷子」になってしまうからである。
組織デザインはカスタマイズの必要な複雑な作業だからこそ、基本原則の深い理解が必要なのだ、というのが著者の主張だ。この言葉どおり、この本では組織デザインの具体的な事例などは扱っておらず、組織デザインの基本原理と、デザインの基本的な手順のみが書かれている。基本原則のみを扱っているからと言って、決して実用的でないわけではない。むしろ、よく読めばどのような状況に対してもヒントが見つかりそうなほど、細かい論点まで詳しく解説されている。
本書のもう一つの特徴は、ヒエラルキーを重視していることだろう。これは、著者の考えが古いからではなく、著者が組織デザインの現実をよく知っているためだ。著者は、ヒエラルキーを破壊してフラットな組織を作るという最近の組織論の見解を次のように批判する。
しかしながら、どのような局面でも常にヨコの直接折衝を強調し、タテのヒエラルキーを破壊すればよいというものではない。
実際、単純なヒエラルキーは、よき人材を得れば効果的である。多くの企業組織において、「組織が重い」とか、「組織が遅い」という問題に直面している場合、その原因はヒエラルキーそのものにあるというよりも、むしろ、「決めるべき上司が決めてくれない」というところにあるケースが多い。(中略)
理想の民主的な企業組織という幻想を追うのを放棄して、冷静に考えてみれば、むしろヒエラルキーを単純なものに維持しておくこと、また重要なポストに決断のできる人材を配置することの方がずっと重要だということがおのずと明らかになるはずである。
理想の組織を追うのではなく、ヒエラルキー構造を取ったほうが効率的な場合も多いということを受け入れ、現実に機能する組織を作るべきだ、というのが著者の見解だ。ただし、このようにヒエラルキーを重視しているものの、著者はメンバー間の水平方向のやり取りを軽視しているわけではない。ヒエラルキーの階層を無駄に増やすことには反対しているし、水平方向の調整を説明する章には最も多くのページが割かれている。。必要な数だけの階層を持つ「単純なヒエラルキー」を維持ししつつ、必要に応じて水平方向の調整を取り入れるのが組織作りの最適解だ、というのが著者の主張のようだ。
全体的に見て、基本的なことから初めて複雑な内容を説明する流れとなっており、理論書ではあるが非常にわかりやすいし、組織論の伝統を踏まえていて、最新の理論に傾きすぎないバランスのよい内容となっている。また、著者は大学の教授ではあるが、現場の問題にもよく通じており、非常に実践的である。組織作りについて学ぶための最初の本として、おすすめしたい一冊だ。
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